あの時の忘れられない味のカレーのお礼に、山形県 庄内の鶴岡に行ってまいりました。

ゴッちゃんは、1ヶ月ぶりの出張です。
今回の出張の内容は、ちょっと違っております。

肩を震わせながら、鼻水を垂らしながら、みんなで食べた
あの時の忘れられない味のカレーのお礼に、山形県 庄内の鶴岡に
行ってまいりました。

今回の東日本大震災で、古くからのお世話になっているお客様で、
鶴岡で地元の食材にこだわったお弁当と、お惣菜を製造・販売している
ミートデリカ・クドーさんから、水・手作り自家製の山形牛のカレー・庄内豚の味噌漬けなど、
社員みんなのために、たくさんの義援商品を送られてきました。

余震も少し落ち着いてきたので、4月19日に当社を代表して、朝の5時半に、
奥の細道の松尾芭蕉も愛した、神に守られた地・羽黒山のお膝元・鶴岡へ向かいました。

あっ!そうそう!

あの時は、5時半くらいに夕食を取り、電気がないので暗くなったら寝る
という日が続き、最近は遅くても11時には寝ています。
山形牛のカレー

その時のカレーがこれです。

工藤さん本当にありがとうございました。
また、ネットのみなさんからの励ましのお言葉、本当にありがとうございました。

工藤さんから「どうしても明日連れて行きたいところがあるから、泊まりませんか?」
ということで、その日は鶴岡泊りとなりました。

そして翌日・・・

今日は何があるんだろう?

工藤さんが連れて行ってくださった先は、松ヶ丘開墾記念館と庄内映画村資料館です。
ここは、旧庄内藩士3,000人が刀を鍬にかえて開墾した月山山麓に広がる広大な開墾地です。

現在は、ギャラリー、食事処、くらふと体験ショップ、そして、庄内映画村資料館が併設してあり、
映画「おくりびと」、「座頭市」、「十三人の刺客」など、各映画の撮影の様子や、衣装の絵コンテ、
台本など、映画制作に関わる貴重な資料などを展示しておりました。

庄内映画村資料館

いざ!庄内映画村資料館へ!

中は撮影禁止でした。

5月の連休は、観光客ですごく混みそうな感じです。
余震が続く東北ですが、山形・庄内は神がかりの地なので、心配しないで遊びに来てくださいね。
それから30分、庄内映画村オープンセットに向かいました。
道路のわきにある名物の庄内柿の木

道路のわきにあるのが、名物の庄内柿の木です。
棚田に積もる雪

途中はまだまだ雪があります。 お米がおいしそうな棚田です。
庄内映画村オープンセット入口

映画村の入口です。
オープンしたのは、4日前の4月16日だそうです。

駐車場には何台かの山形ナンバーと、宮城ナンバー、福島ナンバーの車もありました。
観光客かな?また、こちらに非難してきた人が、来ているのかな?
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入口にはこんな侍が、優しく出迎えてくれてます。
おくりびとの鶴乃湯

入口に「おくりびと」の鶴乃湯がありました。
のれんをくぐったら、番台に首にマフラーを巻いた吉行和子さんがいそうな感じがしました。
ミートデリカ・クドーの工藤さん夫妻

左側がミートデリカ・クドーの工藤社長。
そのお隣が奥さんの令子さん。
右側がおもしろいお話をしてくださった、庄内の民話の語り部・影山さんです。
すごいオープンセット!

すごいオープンセットです!
映画「座頭市THE LAST」の香取慎吾が飛び出してきそうな感じがします。
庄内映画村の人形劇団「狐美里一座」

狐美里一座は、庄内映画村の人形劇団で、オリジナル作品を不定期に上演していて
今回のお話は、庄内の人が5月の中旬からこよなく愛する食べ物「タケノコ」のお話でした。

そのお話をしている語り部が、今回工藤さんが私に紹介したかった庄内映画村資料館の
館長さんであり、画家の平野さんです。
庄内映画村資料館の館長であり、画家の平野さん

この方が、映画「おくりびと」の「おくりびと」の文字を書いた人です。

この筆は旧庄内藩主・酒井家の18代現当主からいただいたもので、17代の酒井さんが
使用していたすごい筆だそうです。

この栄誉ある筆で、第81回アカデミー賞外国語映画賞、
および第32回日本アカデミー賞最優秀作品賞受賞作品、滝田洋二監督の映画「おくりびと」の
「お・く・り・び・と」の文字を書いたら、目に止まり、採用になったという、摩訶不思議な筆なのです。
平野さんが描いた素晴らしい羽黒山神社

帰り間際、平野さんから素晴らしい羽黒山神社の絵をいただきました。
感激でした。

また近いうちにお会いできることを約束して、宮城県に帰ってきました。
当店「うまい奥の細道」の宝物のように思いました。
当店の神様の隣に飾られております
今は、当店の神様の隣に飾られております。
宮城県沖地震とか、また災難から守ってくれそうな感じがします。

私は毎日、二礼二拝二礼で、今日も無事でありますように…

会社の玄関のわきに、「お花畑」ができました。

当社の社長の奥さんが、黙々と野良仕事です。
察しはつきました。花壇を作っているのではないかと思いました。
花壇作り

それから3時間くらいして、みんなを呼びに来ました。
「綺麗だよね」、「キレイだよね」

新しい花壇が誕生いたしました。
おそらく、今回の震災の復興を記念する当社のお花畑です。
当社のお花畑

会社に来るときは、綺麗な花がお出迎えしています。

「おはようございます」、「おはようございます」

「ごくろうさん」、「お疲れ様でした」

優しく語りかけているようです。

た~のし~開~花~が ポポポポ~~ン♪

編集部の庄司です。

2、3日お休みをいただき、今、山形の実家にいます。

昨日も今日も余震が続く・・・
これが余震!?と思うくらい大きな揺れでした。

長野県、茨城県、千葉県と関東方面へ続いているのが気になります。

ほんとに、いいかげん治まってほしい。
避難されている皆さんの不安なお気持ちはいかばかりかと・・・
そんな中、本日は晴天なり。

関東あたりから九州まで今、桜が見ごろだそう。

こちらの桜はまだかいな・・

と、つかの間の喜びを期待をしながら、通りへ出てみることに。。。
その通りの名は「ときめき通り」。

例年山形市内でも開花が一番早く、美しい桜並木として知られています。

・・・と、ときめくどころか、何ともトホホなごらんの有り様・・・

と、ときめくどころか、何ともトホホなごらんの有り様
枝をズームアップしてみれば・・おや~~・・あれーーピンク色の蕾を発見!!

ピンク色の蕾を発見

やった!嬉しい! 久しぶりのこの感情!!

そうだよ、生きていれば、これからもいろいろな楽しさや嬉しさを感じることができるんですもん!

た~のし~開~花~が ポポポポ~~ン♪♪

一週間後が楽しみだわ♪

私の生活の意識が変わりました。

編集部の庄司です。

被害を受けた皆様に心からお見舞いを申し上げます。

幸いにして私は無事でしたが、被災者の方々の事を、
自分の事として思っていこうとしております。

2011年3月11日  忘れてはいけません。。。

岩手県、宮城県、福島県の多くの企業が壊滅的被災を受けたことで
世界の一部の工場が停止していると報じられました。

田舎といえば「東北」とイメージされがちですが、その東北の震災が
日本国内だけでなく、世界にまで及ぼす影響がこれほど甚大とは・・・
世界各国からの義援金、励ましのメッセージ、たくさんの支援隊が
続々入国するのをTVで目にし、涙が溢れます。

嬉しい!ありがとう!!

私の生活の意識が変わりました。

ガソリンがなければ自転車がある。

自転車がなければ足がある!

家計は車に火がついているけど
必要最小限度なんとか買えるから幸せ!

安普請だけど、寝られる家がある!

水道があるからウーロン茶はいらない。

毎日計画停電中。

 

先の事をつい考えてしまいますが、
今日一日を精一杯生きてみようと思います。
まだ毎日のように余震が続いています。

皆様もくれぐれもお気をつけください。

今、私たちに出来ることは何だろう??

いつも当店をご愛顧いただき、誠にありがとうございます。

“みなさんに、東北の絶品グルメをお届けする”『うまい奥の細道』の

お客様サポート係・今野です。

この度の人類史上まれにみる巨大地震により
被害を受けた皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。

まだまだ余震が続いており、みなさまには、ご心配をおかけしていることと存じます。

みなさまのその温かいお心に対して、お1人ずつお礼にお伺いしたい位、
感謝の気持ちでいっぱいです。

いつも温かいお心遣い、本当にありがとうございます!
最近、小さい頃に母から言われた「1度骨折した骨は、再生する時に
折れる前よりも太く、強くなるんだよ。」と聞いた記憶を思い出しました。

うまい例えではないかもしれませんが、そんなことを思いながら
これから力強くがんばっていきたいと思っております。

私たち『うまい奥の細道』は、スタッフが一丸となって力を合わせて、
東北のために、少しでも力になれるよう、今できることを精一杯に努めてまいります。
このような今の状況だからこそ、私たちに出来ることは何だろう??

そう思ったときに、東北の地で“東北の食”をお届けしている私たちが
いち早く立ち上がって、全国各地のお客様の元へ“東北の食”をお届けし、

“おいしい笑顔”で、日本を少しでも元気づけることで
東北からの「お取り寄せ」を通じて、社会に貢献していけたらと思っております。

東北地方には美味しい食べ物や、素晴らしい景勝地、

そして、緑豊かな自然もたくさんあります。

東北の人は、人柄が温かくて、辛抱強い人がたくさんいます。

東北地方、そして東北に生きる人たちが、一日でも早く元気を取り戻せるように、
「東北からのお取り寄せ」という形で、これからも微力ながら支援していきたいと思っております。